2024年度3号「つながる、ひろがる ヒト・モノ・コト」インタビュー

公開日 2024年11月29日

三鷹まちづくり通信2024年度3号(2024年12月1日発行)

三鷹の果物や野菜を使ったごほうび和菓子を展開する「菫花堂(きんかどう)」

 三鷹駅前のさくら通りとむらさき橋通りが合流するあたりに、薄紫色の建物に白いのれんがゆれるお店が佇んでいます。そこは、ちょっといいことがあった日に食べたくなるような、丁寧に仕上げられた和菓子が並ぶ「菫花堂(きんかどう)」さん。店主の後藤ゆかりさんが一人で切り盛りしています。三鷹・武蔵野の新鮮な農産物を使った和菓子の誕生秘話やこだわり、開業への想いを伺いました。

菫花堂の原点と軌跡

 「菫花堂」という店名は、店主の後藤ゆかりさんが大好きな菫(スミレ)の花に由来しています。しおらしい佇まいの中に深く根を張るスミレのように、しなやかに、末永く愛してもらえるお店を目指しています。お店の外装も淡い菫色です。白いのれん越しには看板商品の「菫花どらやき」と季節の和菓子が並びます。

 後藤さんにとって、和菓子は物心ついた時から身近なお菓子でした。茶道を習っていたお祖母さまが、主菓子を自分で食べずに、お孫さんである後藤さんのために持って帰ってきてくれたのが和菓子との最初の出会いで、「世の中にはこんなにきれいなお菓子があるんだ」と喜びながら食べていたそうです。

 大学を卒業した後は、吉祥寺の紅茶専門店で働き始めます。その時に紅茶は意外と和菓子と相性が良いことを知りました。お茶やティーフードを作り提供することに喜びを感じていた後藤さんは、就職した頃から、いつか自分でお店を持ちたいと考えが芽生え、2010年頃から製菓学校にも通い、自分で和菓子を作り始めました。

 厳しい飲食業界の中で生き残るための強みが自分にあるだろうかと常に考えていた矢先、ある転機が訪れます。2019年に開催された抹茶ラテアートの大会に知人が参画しており、大会のためのお菓子を作ってほしいと声をかけてもらいました。そこで、大会に使用されている抹茶で作った蒸しどら焼きを販売したところ、あっという間に完売し、その経験がきっかけになり、本格的な自分のお店の開業準備に取り掛かりました。その大会で蒸しどらやきの焼き印に使用したデザインは、今もお店のロゴマークとして、商品パッケージや焼き印に使用しています。

 開業準備を始めてすぐに、新型コロナウイルス感染症が流行しました。収束を待ちながら準備を進めていきましたが、空き物件がほとんどなく、物件探しにはかなり苦労したそうです。最終的には、三鷹駅南口から12分の喧騒から離れた静かな雰囲気の中でお菓子作りができる物件に出会えたことを、後藤さんは奇跡だと振り返ります。

 「私は三鷹・武蔵野エリアで青春時代を過ごしてきました。自分のホームであるこの場所で土地のものを使ってお菓子を作りたい気持ちが強かったです。だから、この物件に巡り会えた時にはすぐに内見をさせてもらい、ここでお店を開くことを決めました」。

淡い菫色の菫花堂
看板商品の「菫花どらやき」

季節のお菓子で広がる地域の輪

 後藤さんは、以前から三鷹でのブルーベリー摘み体験への参加や、特産のキウイを手にする機会がある中で、この地域の農業に大きな可能性を感じていたと話します。開業後、地元の果物を商品に取り入れようと地元の農家さんを訪ねた際、最初は断られたらどうしようと不安でしたが、皆さん快く農作物を卸してくれ、特に若手の農家さんは新しい取り組みに意欲的で、中にはお菓子の宣伝までしてくださる方がいらっしゃるそうです。

 お店を開業する上で、後藤さんがこだわったことがあります。それは、定番商品である「菫花どらやき」以外の商品を、2~3週間ほどの短いサイクルで入れ替えるという独自の手法です。通常、季節の和菓子は、季節を半歩ほど先取りした商品を店頭に並べることが多いですが、菫花堂では、まさに“今、届いて、今、美味しい”旬の果物や野菜を使用した商品が店頭に並びます。この独自のスタイルを実現するために、営業日を週3日に限定し、休業日は新商品の試作や餡、副材料の仕込みを、丁寧に時間をかけることに費やします。その苦労の時間が楽しい時間でもあったと振り返る後藤さん。「いかに旬を捉え、どんな商品に仕上げるか。季節の真ん中を捉える作業になります。果物の旬は目まぐるしく変わり、それに合わせてお店を営業しながら、新商品を開発する作業もすべて一人でこなさなければならず、最初の一年間はとにかく集中してメニューを作り上げることに心を砕きました」。

 開店から季節が一巡し、メニューやお店のルーティンが整うと、慌ただしさも少し落ち着いてきました。そこで、後藤さんは地域の人々にお店を知ってもらうため、三鷹中央通り商店街で開催される月末の日曜限定のマルシェ「M-マルシェ」や、朝の通勤時間帯に定休日でシャッターの閉まっているお店の軒先を借りて行うミニマルシェ「のきさキオスク」への出店を決めました。「マルシェではたくさんの方とお話ができ、とても楽しく、半分は生きがいのように感じています。『今月も会えましたね』とか『探してきましたよ』と声をかけていただけるのが本当に嬉しいです。たまたま店舗の前を通りかかられて、『この間のM-マルシェの!』と再会を喜んでくださる方もいらして、素敵な出会いに感謝しています」。

 こうしたイベントへの出店をきっかけに、次の季節のお菓子を楽しみに通ってくださるリピーターの方も増えてきているそうです。

三鷹産キウイフルーツを使用した「果餅 東京ゴールド」
三鷹中央通り商店街で開催される「M-マルシェ」にも出店

三鷹発!和菓子の新しい楽しみ方

 三鷹の農産物や、まだ和菓子との組み合わせを知られていない素材に大きな可能性を感じている後藤さん。その良さを多くの人に知ってもらうための今後の展望について、こう語ります。「もっと多くのお客様にお菓子を見ていただける機会を作りたいと思っています。今はお休みしているECサイトもリニューアルオープンし、遠方のお客様にも気軽に旬のお菓子を楽しんでいただけるようにしていきます。また、商品パッケージ等のデザインは夫が手掛けているため、お客様の要望に合わせてトータルコーディネートした企業向けのケータリングなども展開していきたいと考えています」。

 これまでも和菓子のフルコースなどを提案し、通常の販売とは一味違う特別な形でお客様に楽しんでいただくことにも意欲的です。和菓子を作るときは、固定観念にとらわれすぎず、和菓子と親和性の高いものを意識しています。また、お茶や抹茶だけでなく、コーヒー、紅茶、ワイン、ハーブティーにも合うような和菓子を目指しています。「自分自身が好きなものと和菓子がカチッとはまる組み合わせを見つけてお菓子を作り、食べる方にいろいろな楽しみ方を試していただきたいですね」。

 後藤さんのアイデアは、季節のお菓子のようにひとつひとつ形になり、これからもお客様のもとへ届けられていくことでしょう。


菫花堂と後藤さん

編集後記

 取材後にお菓子を買い、お会計を待つ間、珍しい風味のお茶を提供してくださいました。どらやきなどに使うあんこを炊く際に出る一番煮汁で淹れた「あずき茶」だそうです。あずきの香りが豊かに立ち、あんこの風味がほんのり感じられる、まろやかで深みのあるお茶でした。「これには、どらやきを2、3個お供にしたいな」と心の中でつぶやいてしまいました。

■ 菫花堂 WEBサイト等 HPInstagram
三鷹中央通り商店会Mマルシェ https://m-marche.net/
のきさキオスク https://www.instagram.com/nokisakiosk/

ライター:細川優子

愛するまち三鷹に目を向け、地域資源を活かして始めた新しい事業や、同じ目的・関心から生まれた集まりなど、さまざまな形で地域の活動に取り組む人を紹介します。

ライター:細川優子